4カ月でMDRT2人分やってのけた法人保険シフトチェンジ講座 会員の深美隆さん(48歳)その1-会員の声-

4カ月でMDRT2人分やってのけた法人保険シフトチェンジ講座 会員の”深美 隆”さん

西野記者西野記者

立命館大でどんな勉強を?


深美さん深美さん

産業社会学部で街づくりを勉強していました。


西野記者西野記者

ふるさと岡山の街づくりですか。


深美さん深美さん

私の先生は商店街の復興を主に手がけていて、地域を盛り上げるというか。大阪のある商店街を舞台にして何か盛り上げることを考えていこうと。


西野記者西野記者

効果あるんですか。


深美さん深美さん

先生はいろんなところを再生されてきました。


西野記者西野記者

法人保険営業マンも学びたくなりますね。その勉強をして就職したんですね。


深美さん深美さん

損保会社の研修生になりました。普通は社会に出てある程度経験を積んだ人が代理店になるというコースですが、私の場合新卒でいきなり代理店コースというのでしょうか、3カ月ごとのノルマを3年半達成したら卒業という。その間は安田火災の社員ですが、嘱託社員というんでしょうか。


西野記者西野記者

何で損保代理店を選んだんですか。あ、そうか、当時は世の中の景気が悪かった時期でしたね。


深美さん深美さん

ちょうど就職氷河期の2年目です。急に悪くなって。


西野記者西野記者

それが影響しましたか。


深美さん深美さん

就職する気がなくて、アメリカに行きたいと思ってたんです。甘ったれて。


西野記者西野記者

いやいや、いいですね!


深美さん深美さん

もっと世界を見たいとそのとき思ってて。アメリカに行きたいなーと。


西野記者西野記者

青年は荒野を目指す。


深美さん深美さん

私のメンターの1人である姉に相談したら、怒られまして。「お前が私立大学に4年間行っている間に親はお前にナンボ使ってるんだ」と。「行くのは自由だ。ただし自分で働いて金貯めて自分の金で行け」と。そりゃそうだと思って就職活動を始めました。


西野記者西野記者

就職氷河期に。


深美さん深美さん

受けたところ全部受かって、その1つが名古屋の上場企業でした。1000人中1位指名してくれて。


西野記者西野記者

1000人中1位指名! すごい!


深美さん深美さん

たまたまラッキーでした。


西野記者西野記者

優秀な人は謙遜します。


深美さん深美さん

そこに入社しようと思ってたんです。「入社したらすぐ海外に行ってくれ」と言われていて。「幹部コースはそんなふうに昇進していくので頼むね」と言われました。


西野記者西野記者

いいじゃないですか!海外はどの辺り?


深美さん深美さん

東南アジアです。繊維の会社だったので。


西野記者西野記者

ところが。


深美さん深美さん

親に話したら、普通ならすごく喜んでくれるかと思いきや、私の母が、私は母をすごく大好きなんですけど、「おめでとう」と言ってはくれるのに、何か乗ってきてくれなくて。「あれ?」と思ったら、実は父親が体調が悪いと。調子が良くないと。「あなたがそこに行けばたぶん岡山には二度と帰ってこないだろうね」みたいなことを言われ(笑い)。


西野記者西野記者

え! まさか!


深美さん深美さん

「あー、そうかー」と思って、代理店コースも受かっていたので、それにするという判断をしたんです。


西野記者西野記者

親孝行ですね。


西野記者西野記者

深刻な病気らしいお父さんの近くにいるために上場企業を蹴って代理店コースに?


深美さん深美さん

もう1つは代理店コースには「社長になれる」という惹句があって、「社長か-」と。私の父はトラック運転手でしたが、父方の祖父母は両方商売人で、それなりに良かったらしいんです。それが、祖父が戦後株で失敗して莫大な借金をつくって。


西野記者西野記者

株はねぇ。


深美さん深美さん

小さいころから「お前商売に向いているんじゃないか」みたいなことを言われていたので、何となくですが、そういうのも代理店コースに行った背景にあると思います。


西野記者西野記者

親孝行です。


深美さん深美さん

親のことは大好きなので。長男でもありますし。でも、岡山に戻ったら父はすぐに元気になって、「あれー?」みたいな(笑い)。


西野記者西野記者

吉本新喜劇みたいな(笑い)。


深美さん深美さん

元気になってくれてよかったですけどね。


西野記者西野記者

で、代理店コースでは。


深美さん深美さん

今思うとクズでした。


西野記者西野記者

クズ?! どういうことですか。


深美さん深美さん

入って1年目は安田火災の上司がすごくかわいがってくれたんです。大学出て社会人経験のない小僧に対して、厳しく、めちゃくちゃ優しく、教えてくださって。その上司のおかげで1年間でほぼほぼ3年間の数字をつくったんです。その人に褒められたくて一生懸命やってました。


西野記者西野記者

いい上司に出会えたんですね。


深美さん深美さん

1年経ったらその人が転勤になって、私の中で目標がなくなってしまって。


西野記者西野記者

今の言葉で言う「ロス」ですね。


深美さん深美さん

数字を上げるとか代理店コースを卒業するとかお客さんを喜ばせるとかが目標だと思うんですが、私の場合はその室長に喜んでもらいたいという気持ちが強くて、それが源だったんだと思います。


西野記者西野記者

心酔していたんですね。


深美さん深美さん

だから室長がいなくなった瞬間私の中の全てが消えて。出社義務があるので朝会社に行って、「行ってきまーす」と出て、お弁当買って、河原で夕方まで寝てる、みたいな。仕事をする気にならなくて、ほぼ毎日そんな生活でした。それくらい素晴らしい人だったんです。私にとっては恩人というか。


西野記者西野記者

どこが良かったんですか。


深美さん深美さん

むちゃくちゃ厳しいんです。


西野記者西野記者

どんなところが?


深美さん深美さん

数字に対してはものすごく厳しかったですね。数字が出てないと「なぜ出ないのか」と。今で言うPDCAみたいなものをそこで教わったような気がします。なぜ数字をつくるのか、数字のつくりかた、そんなことを教えてくれると同時に、同行もバンバンしてくれました。オンとオフがしっかりしていて、夕方になって私たちが一生懸命やっていると「まだ終わらないのか?」とウロウロし始めるんですね。「もう少しで終わります」「早く終わらせろや」。何をするかと言ったら、飲みに行くんですけどね。そこではまた、昼は厳しいのに「数字なんかどうでもいいんだよ」と。


西野記者西野記者

人間味がありますね。


深美さん深美さん

本当はすごい出世コースの方だったらしいんですが、体を壊してそのコースから外れて。上を目指していないから、裏で私たちを守ることに徹してくれてたんです。絶対に一人も辞めることがないようにって。そういうところ、沖野先生とすごくかぶってます。


西野記者西野記者

話を聞きながら私も沖野さんが浮かびました。


深美さん深美さん

今さらながらすごい人に出会えたと思います。


西野記者西野記者

尊敬してやまない上司の転勤で、心にぽっかり穴が開いたんですね。


深美さん深美さん

本当に、何をしたらいいんだろうって。意味が分からないでしょうけど(笑い)。


西野記者西野記者

はい。分かりません(笑い)。


深美さん深美さん

周りは期待してくれるんですが、私には仕事をする理由がいきなりなくなってしまって。そうなると数字が出ません。損保なので過去の数字だけで生きている。そんな中で結婚して。


西野記者西野記者

おめでとうございます。


深美さん深美さん

責任を持って仕事をしなければいけないのに全然せず(笑い)。


西野記者西野記者

ある意味豪快でありロックです。


深美さん深美さん

何とかギリギリで、最初の1年目の数字で代理店コースを卒業しました。食べていけないので、妻の給料で食べさせてもらってました。


西野記者西野記者

損保代理店として独立創業ですね。1997(平成9)年のことです。


深美さん深美さん

自宅兼店舗として、2階に住んで1階を事務所として使いました。


西野記者西野記者

それから2008(平成20)年にFPとして独立するまでずっと損保を?


深美さん深美さん

その間に金融ビッグバンがあって生保もできるようになって、L字崩しなどの教育を受けて多少なりともやる気にはなったんですけど、「保険屋」というのに誇りを持てず、辞めたいという思いがいつも頭にありました。


西野記者西野記者

そこ、多くの人が苦しむところなのでもう少し詳しく教えてください。いやな経験が積み重なったんですね。


深美さん深美さん

それはもう、そうです。入社して偶然喫茶店で友達に会ったりするわけです、地元に戻っているので。「いま深美は何やってるの」「こういうところで」「おれ保険入れんけぇよぉ」と一発目に。こいつは友達じゃないなと思いましたけどね。わたし何も言ってないですよ。それなのに「保険入れんけぇよぉ」って一発目に言うねぇーって。


西野記者西野記者

言われた気持ちよく分かります(笑い)。私は頭の中で何十人も殺してます。ほかにはありますか。


深美さん深美さん

そんなのが多かったですね。名刺を出したら向こうが言葉に詰まるとか。


西野記者西野記者

「言葉に詰まるようじゃ恋は終わりね」はサザンオールスターズの「いとしのエリー」の歌詞ですが、保険営業マンにとっては「営業の終わり」。


深美さん深美さん

相手が一歩引くといいますか、電話かけたら出てくれないとか(笑い)。そういうことがいろいろあって、何となく卑屈になってて、ネットワークビジネスなんかに手を出してた時期です。


西野記者西野記者

え? 何でそこでネットワークビジネス?


西野記者西野記者

ネットワークビジネスに行ったきっかけを教えてください。


深美さん深美さん

姉が化粧品の販売でけっこう稼いでいたんです。日本のちゃんとしたメーカーで、売り方にネットワークを取り入れてて。姉は月に200万とか稼いでて。


西野記者西野記者

やり手ですね。


深美さん深美さん

やり手です。その姉に「上場会社といっても、結局サラリーマンになるの?」みないなことを言われたのも、岡山に戻った理由です。重みありますよ200万、本当に稼いでいるんですから(笑い)。それで姉から営業を教わってたんです。必然的に姉の化粧品を手伝うようになって。それからまた別のネットワークビジネスに出会って、姉がトップの人とつながって、必然的に私もするようになって。


西野記者西野記者

お姉さん思いですね。


深美さん深美さん

やってると楽しいんです。27やそこらの小僧が「夢! 月100万!」とかにはまっていくわけです。「人を喜ばせて自分も健康になってこんなステキな仕事はない!」みたいな(笑い)。「在庫を持たせるのは相手にとって善なんだ」と。今なら「うそつけ!」と突っ込みたくなるようなことをやってました。


西野記者西野記者

子や孫をつくっていくんですよね。下が動かないと駄目でしょ。


深美さん深美さん

動こうが動くまいが、下が買ってくれたらいいので、買わせるんです。


西野記者西野記者

深美さんも買わないといかんのですよね。


深美さん深美さん

そうです。もちろんです。


西野記者西野記者

儲かりましたか?


深美さん深美さん

私はおかげさまでトントンくらいです。でも、自分の消費も入れて計算したらどうだったかなと思います。多くの人は買っただけで終わってしまいますが、私は曲がりなりにも保険営業をしていましたから、行き先はありますし、話もそれなりにできました。でも、良くなかったですね。


西野記者西野記者

一直線の人生より、そういうひどい経験をするほうが大事だと思います。


深美さん深美さん

はい。ひどいです(笑い)。


西野記者西野記者

ネットワークビジネス、やるべきじゃなかったと思いますか。


深美さん深美さん

今の知識なら絶対に選択しないです。


西野記者西野記者

なぜですか?


深美さん深美さん

しがらみが多すぎます。ネットワークビジネスをしていると営業力がない人がメンバーに入ってきたら営業力のある私がついていってその人のを売ってあげるとかしないといけません。でもそういうことをしている限り、その人は育ちません。「行動しないと何も変わらない」と五島先生や沖野先生が言っていますが、本当にそのとおりなんです。でも、何もしない人がいて。私はバタバタしていてその人のを売ったりしているけれど、私に入ってくるのはたかが知れてて。そんなことが土日や夜に続くんです。「今夜10時からアポなんで一緒に行ってもらえませんか」と。休みなしでやってきました。


西野記者西野記者

創業者が儲かる仕組みです。


深美さん深美さん

高いスーツ買ったり、うそをついて稼いでいるふりをしたり(笑い)。


西野記者西野記者

でしょうねぇ。良心の呵責というか、自分は何をやってんだとか思うようになりませんでしたか。


深美さん深美さん

少しずつハテナが増えて洗脳が解けていって、「あれー?」みたいな。信じてやっている人もいますので、洗脳という表現が正しいかどうか分かりませんが。


西野記者西野記者

いえ洗脳です。集団催眠です。どう考えてもおかしな仕組みです。

西野記者西野記者

このほかにも寄り道はありますか。


深美さん深美さん

私は保険に戻ったんですが、姉がまた新しいのを始めて。私は「絶対にしない」と断ったんです。でもそこの社長が魅力的な人で、会っているうちに好きになってしまって「じゃあやります」と。


西野記者西野記者

あちゃー。ネットワークですか?


深美さん深美さん

はい。でも当然うまくいきません。同じ展開になるんです。私は売れるけど、周りの人はできない。周りから頼られる。でも本人は動かない。同じ失敗をまたやったなと思いました。


西野記者西野記者

今度こそ三度目の正直で。


深美さん深美さん

2003(平成15)年でしたか安田火災が損保ジャパンになったときにソニー生命やプルデンシャルのOBがアドバイザーとして入ってきたんです。そのプロジェクトに私が参加することになって。ソニー生命OBの松本さんという素晴らしい人に話を聞いて、生命保険の見方がガラッと変わりました。


西野記者西野記者

出会いが人生を変えます。


深美さん深美さん

要は、生命保険は愛の象徴だということをご自身の経験を踏まえてお話になって。情熱型の人でした。「あ、そうか。保険はそんなに素晴らしくて貴いものか」とまた洗脳されて。すぐにはまる(笑い)。


西野記者西野記者

素直なんですよ。


深美さん深美さん

そこから生命保険に目覚めて、個人保険のセールスプロセスですね。ソニー生命では当たり前のものが損保ジャパンにはなかったんです。チームを組んでみんなで勉強して、オウム返しやブーメラントークなどを一生懸命やりました。生命保険を手にしたことで、MDRTには行かないものの300万、400万、500万と増えるとうれしくて、より力が入りました。ところがそのころ右翼と揉めてて。


西野記者西野記者

右翼?!

西野記者西野記者

何で右翼に?


深美さん深美さん

先輩から「行けないので代わりに行ってくれ」と言われて私が行ったんです。「うわ、この人怪しい」と思ったんですが、普通に契約をくれました。ところが、向こうが言ったことをしたのに、何か事故が起きると豹変して。こんなのやってられないと思って、辞めようと。


西野記者西野記者

真っ当な右翼もいるのですが、ちょっとタチの悪いチンピラ右翼ですね。


深美さん深美さん

姉に相談したら「よく当たる占い師がいるから行ってみなさい」と言われて。行ってみたら、私の仕事は「公務員か緑に関わる仕事がいい」と。


西野記者西野記者

さらっとおっしゃったけど、占い師を訪ねるのは本当に悩んでいて、何か光を探していたわけですね。


深美さん深美さん

公務員は年齢的に難しかったので、では緑に関わる仕事は何だろうと。岡山県に美甘村(みかもそん)という地域があります。私の名字の深美と美甘村の「美」が同じなので縁がある、では美甘村に行こう、美甘村には何の仕事があるんだろう、そうだフォレスターだ。


西野記者西野記者

フォ、フォレスター?


深美さん深美さん

木こりです。


西野記者西野記者

木こり!? 


深美さん深美さん

木こりなら営業もないし、やっていけるんじゃないかと妻に相談しました。妻は私のよき理解者で、というか、言っても聞かないというのもあるんでしょうが、「いいよ」と。いつも「いいよ」と言ってくれるんです。


西野記者西野記者

深美さん、優しい顔をしているのに案外鉄砲玉ですね。


深美さん深美さん

で、見に行って、フォレスターになると決めて、森林組合に行ったんです。「フォレスターになりたい」と。担当してくれた人がそこの拠点長というか一番偉い人で、「なぜだ」と。


西野記者西野記者

志望動機ですね。


深美さん深美さん

かいつまんで伝えたら、その人が「うーん」と悩んで。「君は僕の息子とほぼ同じ年だ。息子がフォレスターになると言ったら全力で止める。そんな簡単な仕事じゃない。君はやるべきではない。そんな根性ではできない。うちでは紹介できない」と。


西野記者西野記者

いい人に出会えましたね。人手不足の業界ですから、喜んで迎え入れてもいいものを。その人は深美さんの10年後20年後30年後を見てくれたんでしょうね。


深美さん深美さん

今思えばターニングポイントの1つだったかも。


西野記者西野記者

深美さん、ターニングポイント多すぎです(笑い)。


深美さん深美さん

右翼の件も落ち着いてきて、さて何をしようと。今思うと、これは安田火災から損保ジャパンになる前の話です。


西野記者西野記者

なるほど。損保ジャパンの前の時代の話でしたか。


深美さん深美さん

で、損保ジャパンになって、生命保険営業をやるようになったのですが、損保ジャパンが業務停止になってしまって。

その2へ続く4カ月でMDRT2人分やってのけた法人保険シフトチェンジ講座 会員の深美隆さん(48歳)その2-会員の声-